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買って読んだ本・古本について書いていきます。

紀田順一郎(1986)『読書の整理学』朝日出版社(朝日文庫)(2)

紀田順一郎(1986)『読書の整理学』朝日出版社(朝日文庫)(1)

「スジを掴む」

ある問題について探索する際、どのような目的でそれを調査し、何を〈答え〉とみなすかについて確認したり、そもそもどこまで探索するかの範囲を決定したりする際には、「スジを掴む」必要が生じます。「最も効果的な探索網を発見」し、「一定の経験・知識を動員してスジを掴むということ」(p. 76)です。

例えばある人物について調べる場合、

  • 先行文献があるか確認し、それを批判的に摂取
  • 同時代の人物や同一思想圏に属する人物など、目的とする人物と隣接する個人を扱う書誌を通覧
  • その人物自身の著作物(著書、日記、書簡など)から、同時代に出た批評などのヒントを得る
  • 関連論文の引用文献を追跡(いわゆる芋づる式)
  • 交遊圏から[その人物について書いていそうな]執筆者を推定
  • その人物が扱ったものと同一のテーマの文献にあたる

などを、紀田はその例として挙げています(p. 236参照)。

これらの例は、人物についての調査だけではなく、特定のテーマの調査の場合にも、ある程度は一般化しうる方法の一覧になりそうです。あるテーマと隣接するものや同時代に流行ったテーマなどのなかから関連性のありそうなものについて調べたり、そのテーマの第一人者などが他に扱っている問題にも目配せしたりすることで、調査のヒントが得られる可能性は高くなるように思います。

 情報整理の経路

紀田は情報整理の経路を、次のように図式化しています(p. 101参照)。

情報 → 記録 → 分類 → 蓄積 → 検索 → 再現情報

情報が調査・収集されるとノートやメモ、カードなどに記録されます。

記録は加工・選択によって分類され、ファイリングやデータによって保存・蓄積されます。

保存されたものは検索されることで再度取り出され、取り出されたデータは活用・修正され、執筆や考察といった形で再現情報としてアウトプットされます。

上の図では、各矢印ごとに文房具やフロッピーディスクなど、対応するメディアが書かれており、それぞれのツールは作業ごとに分類されています。

メディアごとの特性や制約によって、情報が再現情報に至るまでにかかる時間は変化します。例えばノートやカードなどの紙の記録は分類や検索に時間がかかりますし、持ち運ぶ時も全てというわけには行きませんので物理的な制約が生じることになります。

しかし少しこの図式をアップデートするとすれば、OnenoteEvernoteなどの個人データベースによって、記録~検索までは一括して一つの手段にまとめることが現在では可能になっています。

またデジタルのデータベースはアナログのデータベースとも共存可能です。記録はスマホでもメモ帳でもカードでも、結果的にやっていることは変わりません。また、紙はスキャンか撮影することで簡単にデジタル化できますし、データはプリントアウトすれば紙にもできます。

現在、情報の入手から整理、検索にいたるまでの手段は、本書の刊行時よりも確実に増えており、場所や時間、それぞれのツールが抱える物理的制約などは非常に少なくなっていると言えます。

〈情報〉と〈再現情報〉のサイクル

そうすると重要になってくるのは、〈再現情報〉の生産とその(再)活用ということになってきます。収集した情報が上記のプロセスを経て〈再現情報〉までアウトプットされた後、再びそれが〈情報〉として還元されることでサイクルが発生します。

そのためには、検索が「できる」というだけでは意味がなく、検索「しなければ」ならない、その必要性が生じなければならないということです。言い換えれば、情報を検索する動機が発生し、収集のサイクルを動かすエネルギーが必要だということです。

こうなるとツールの問題ではなく、その情報を活用する〈人間〉が問題となってきます。

このような問題意識は、実はすでに紀田の本にも見出すことができます。1986年に出版されたこの文庫版は、元々1971年に出版されたものを、10年以上を経て生じた変化を考慮した上で改訂したものです。

そのような変化として紀田が挙げているのは、

  • 「情報量の増大」
  • ワープロやパソコン等の出現」
  • 「知の枠組みの変化」
  • 「活字文化の不振」

などですが、なかでも最も大きなものは「社会全体としての”知の目標の喪失”」だと述べています(p. 272)。

技術の革新によって情報の加工や再生産の効率が向上し、その規模が拡大していく一方で、「情報商品の単なる消費者」(p. 273)として、受動的にのみ情報に接する傾向が生じていると、紀田は指摘しています。

「情報整理の経路」図では、再現情報のみが、唯一能動的な情報の生産にあたるものとなっていますが、これが無いと矢印の途中が欠落してしまい、道が閉ざされサイクルもストップしてしまいます。

サイクルが止まると、蓄積だけが漫然と増殖していくことになりかねません。したがって再現情報はサイクルの循環点として重要となります。

また再現情報をアウトプットすることは、それまで役に立つかわからなかった拾い物が、他の物と思わぬところで共鳴し合い、化学反応を引き起こす可能性を持っています。役に立つと思っていなかったものが突然その性質を変え、全く違ったように見える瞬間は非常に刺激的で楽しいものです。

このような楽しさは、アウトプットを習慣化する上でも必要不可欠だと思います。それには、何も研究者として論文を書いたり作家として作品を書いたりしなければならないということはありません。このご時世、自己発信の手段は身の回りにいくらでも転がっています。

紀田順一郎(1986)『読書の整理学』朝日出版社(朝日文庫)(3) - Folgezettel