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メモとカードとアウトライン

紀田順一郎(1986)『読書の整理学』朝日出版社(朝日文庫)(1)

読むこと

本を読む前提としての、本の探索と整理に関する技術

読書論というと、本を読むことによって人生や日常に生じるであろう効用の数々や、速読法などの読み方や技術に関するものを思い浮かべがちです。しかしこれらは読む(べき)本がすでに手元にあったり、どれだかわかっていたりするのを前提としているのがほとんどです。問題やテーマがわかっていても、それについて一体どこに書かれているのかがわからなければ、まず〈読むこと〉自体を始めることができません。

紀田の『読書の整理学』で扱われているのは、自分に必要な本をたぐり寄せ、そしてそれらによって得た情報を活用するための物理的・技術的な側面についてです。

本書は、主として活字媒体としての書物を中心に、個人的レベルにおける整理・活用の技術を具体的に説いたものである。(p. 3)

紀田によれば、「活字媒体を知的生産の重要な一部門と考える者にとって、その収集、整理、活用の基礎について知ることは不可欠であるが、従来の概念的読書論では、この問題が回避され」てきたといいます(p. 3)。

このような観点から「知的生産」の技術について論じることは、情報整理ツールやアプリがあふれている昨今、いまだそのアクチュアリティを失っていないように思われます。

もちろん書籍の入手に関する情報(書店や出版社への注文の仕方や、洋書の注文など)については、ネット書店の登場によって若干色あせてしまっている部分もありますが、古書の入手や古書店の仕組み、古書展覧会に関する情報などは今でも参考になると思います。

この本の優れた点は何よりもまず「読む(べき)本にたどりつくための方法論」、そして「手に入れた情報を生産的に活用するための具体的な方法論」について書かれている所だと思います。

文献探索の要領

紀田は「検索の要領」の手順について、以下のようにまとめています(p. 82以下参照)

  1. 調査大綱の決定:テーマを調べやすいように系統化・細分化し、調査単位を小さくする
  2. 知識と想像力の動員:調査の方向や結論についてある程度のカンや想像力を働かせ、研究分野やジャンルを推定・確認する。そしてその分野の基本図書から出発し、そこから個別の研究文献へと進める
  3. 例外的要素の発見と考察:予想外なデータの取捨選択(ノイズとするか、意外な発見として論に組み込むか)
  4. 資料の評価と不足の検討:副次的資料との比較検討により、収集した資料を評価・吟味(データが古くないか、偏りはないか、など)

1は文献探索にあたってのToDoリストを作る感覚に似ていると思います。漠然とした問題や大きなテーマを、具体的に調べられそうな項目へと細かく噛み砕くことで、少しでも多くの本や資料が引っかかるように工夫するとともに、問題の範囲(問題圏)をおおまかに設定する段階です。3と4については、資料が見つかった後の話で、それらの評価・吟味・取捨選択の段階にあたります。

紀田も強調しているように、「世の中に完全無欠な本などはない」(p. 84)ため、ある本や資料が見つかったとしても、それだけで事足りるといったことはほぼありません。大抵は1~4を期日の許すまで(あるいは気の済むまで)繰り返すことになります。

問題は2の手順です。突然「カン」や「想像力」といった抽象的な言葉が出てきます。大きなテーマが他にどのようなテーマや問題と結びつきそうか、そしてそれらはどのような対象を観察・分析すれば見えてきそうかといった、ある種創造的な飛躍が必要ということです。 たとえば一口に「テーマ」といっても、その性質によってはどこまで文献収集や探索を行うべきかにも段階的な差が生じます。

紀田は以下の2つの性質を挙げています(p. 77参照)。

  • 単一的、標準的テーマ: 比較的単純な調査。伝記的事実や文献書誌のリストなど、「一冊ないしごく少数の標準的、あるいは決定的文献を参照すれば解決する問題」
  • 集成的、特殊的テーマ: 関心の程度が深まり、問いの位相が変わることで、一冊の文献では追いつかなくなり始め、「標準文献以外の雑資料にも追求の手をのばさなくてはならない」ような問題

多くの場合、あらゆるテーマを前者の方で考えてしまいがちです。もちろん、答えに向かう道筋がはっきりしていたり、問いの答えがすでに存在していることが確実にわかりきっている場合は前者です。問題は後者です。

集成的・特殊的テーマの場合、そこには「直感とひらめき」、「一種のカンと想像力が必要」となり、「資料の”アタリをつける”」(p. 78)必要が生じてきます。というのも、このようなテーマには大抵決まりきった答えが存在していることが少なく、互いに相違する多様な見解が洪水のように溢れかえっているか、もしくは、そもそも答えのある問いであるかどうかすら定かではない場合がほとんどだからです。

紀田順一郎(1986)『読書の整理学』朝日出版社(朝日文庫)(2) - Folgezettel